反省ばかりが頭をよぎる【DAY2】

当ページのリンクには広告が含まれています。
アイキャッチ

母が退院後、どんなことをサポートできるか考えた。

私には2人の子ども(1歳&3歳)がいて、それざれ保育園と幼稚園に通っている。

私はずっと専業主婦をだったけれど、4月から自営業として働き始めた。

4月は慣らし保育、5月に入ってからはほぼ毎日介護に通っていたので、仕事に割ける時間は多くなく収入もほぼなかった。

検査入院するまでは母がこんな状況であるにも関わらず仕事する時間が取れないことに、もどかしさを感じてしまっていた。

今となっては、なぜもっと母のことを考えてあげられなかったのだろうと反省している。

話が逸れたけれど、ここから自分にできることは何か考えてみた。

退院後は両親で生活しながら訪問看護やヘルパーさんの手を借りて生活することになる。

そこで私が一番懸念しているのは、父のこと。

父は母の病院に付き添っても診察室には入らないし、病気の名前すらちゃんと分かっていない。

これまで言われるがままにどうにか母の介護をしてきたけど、母の気持ちに寄り添っている姿は見たことがない。

自分の思うように動けない母に罵声を浴びせたり怒って部屋にこもったり。

そんな父は母がALSだと宣告されたことで、変わるのだろうか。

母にとって一番信頼できるパートナーになれるのだろうか。

ひどいかもしれないけど、私はそう思えない。

母が求めているのは、安心できる環境で穏やかに楽しい時間を過ごせること、そして時には本音を伝えて泣いて発散できることだと思う。

きっと父にはそれが難しい、だから私がそんな居場所を作れるようにサポートしたいと考えている。

平日は私と子ども2人で実家に泊まり、そこから保育園幼稚園に送迎(自転車で片道40分程度)、その期間父には自身の実家に居てもらうのが良いと提案するつもり。

母は申し訳ないからって言うと思うけど、母にとってそれが迷惑じゃないならそうしようと思ってる。

そんなことを考えながら、そういえば母はブログをやっていて同じような病気の人に励まされてると言っていたことをふと思い出した。

色々キーワードを入れてみたらすぐ特定できた。

そして過去3年分の記事を見ていたらとても辛くなったと同時に猛反省した。

寄り添っているつもりだったけど、母は1人で闘ってた。

それどころか同じように闘病している仲間たちに救われてたんだと。

そう感じるエピソードが書かれていた。

私も時々余裕がなくて冷たい口調で話してしまうことがあったのは自覚していたけど、それ以上に今の母に言ったら傷つけてしまうような言葉を言ってしまっていた。

「普通こんなところで転ばないから」

文脈は割愛しますが、母はもう普通に歩けないことを私は当然分かってたはずなのに。

もちろん傷つける意図は全くなかったけれど、健常者にとって普通でも、母にとっては普通じゃない。

当時の母の状況をわかっているつもりでいただけだったんだと。

きっと他にも沢山、母に辛い思いをさせてしまったと思う。

だからもうこれ以上母のことは傷つけたくない。

母の全てを理解することは難しいけど、でもそれくらいの気持ちを持って、母との生活を温かく幸せに満ちたものにしていきたい。

なんでもっと早く気づけなかったんだろう。

これまでの日々を振り返って反省。

告知をされたからといって、今日も変わらず母とはLINEしてる。

でもこうして当たり前にラインできることが当たり前じゃなくなる日が来てしまうのだろうか。

日常の中で当たり前が当たり前じゃないってことに気付かされた。

だからこそ母との日々は特別なんだと噛み締めて、いろんな感情を共有して泣いて笑って過ごしていきたい。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次